京アニの事件を自分の中で振り返って
この記事を書くにあたって、まず初めに
33人の方のご冥福と、負傷者の方へのお見舞い申し上げます。
タイトルの件について触れるかどうか、一日近く悩んだのですが、
どうしてもここに残しておきたいと思い書き綴っています。
7/18に起きたアニメ制作会社【京都アニメーション(通称:京アニ)】へ男性(41歳)が侵入し、ガソリンを撒いたのちに放火した今回の事件。
今現在、ニュースでも実名報道に切り替えられていますが
犯人は意識不明であり、動機等もはっきりしていない状態の為、この犯人については詳しくは触れないでおきます。
わたしがこの事件に関して特に思ったのが
被害者やその遺族へのやるせなさでした。
京都アニメーションというと、アニメーション制作会社の元請けの中では大手であり、
アニメ好きな人なら観たことや聞いたこともある人も多いと思います。
※アニメ会社の元請けとは:会社内でアニメ制作を行える程、規模の大きい会社 であり、京アニもその内の一つです。
元請けは作画~撮影・編集までを自社で行っており、人手が足りない時のみ下請けやフリーランスに仕事を割り振る形を取っているところがほとんどだと思います。
下請けに撒く=社内で時間がない状況なのでクオリティに幅が出ることもままあるのですが、京アニはかなりのクオリティを保つ事で有名であり『基本時間がない地上波アニメでも劇場版アニメ並みのクオリティで上げてくる』とよく話題になりました。
そのクオリティを保つ事に一役も二役もかっていたスタッフが、
今回の事件で亡くなったのだと思うと憤りを感じない訳にはいきませんでした。
じつをいうと私も少しの期間ですが他社のアニメ制作に関わっていた時期がありました。
私と同じく、夢を持って上京し現実に心が折れて故郷に帰った人も多い中で、毎日ボロボロになりながらもスタッフロールに名前が載ることを夢見て頑張っていたであろう新人のスタッフ
仕事にも慣れてきて、さあ次はどう作ってやろうかと希望に心を躍らせていた中堅・ベテランのスタッフ
元請けですから、もちろん作画(原画マン・動画マン)だけでなく仕上げや撮影スタッフ、制作進行もなかにはいらっしゃったでしょう。
監督クラスの人も。
そんな人たちの命が、技術が、未来が。
一瞬で奪われてしまった。
なぜ襲われたかなんて理由もわからなかったでしょう。
京都アニメーションはそれだけのクオリティを保つために
採用試験も厳しいものだと聞いたことがあります。
その狭き門をくぐり抜けた選りすぐりの人たちが…
不幸という言葉だけでは済まされないと思います。
京都アニメーションの社長のインタビュー記事を読みましたが、
過去の作画や、デジタルデータのマスタもすべて燃えてしまったとの事でした。
おそらく過去作品の絵コンテや設定資料等もスタジオ内ですべてまとめて管理されていたのでしょう。
その中にはもう二度と描くことが出来ないであろう作画もあったはずです。
私も絵を描きます。その一枚にかけるエネルギーがどれだけ膨大なのか、
想像に難くありません。
それがなくなってしまった事への喪失感とはどれほどなのか…それが原因で精神的に辛くて描けなくなってしまうこともあるでしょう。
そして、身体の面でもクリエイターにとって利き手と目は命と同じくらい大切なものです。
怪我のせいで描けなくなってしまったとしたら…それは助かったとしても生きる気力すら奪ってしまうほどの絶望を感じると思います。
私は、アニメ制作会社で働く人たちはみな【職人】だと思っています。
持ちうる技術を使って給料という対価をもらっている。
でも、きっとそれ以上に
みんな作り出すことが好きで堪らないのだと。
そんな彼らがどうして、なぜ。
今はそんな気持ちでいっぱいです。